◆ 税務署のマニュアル通りなのに追徴課税・・何故? ◆
Q:税務署の定めるマニュアルにより評価したのにNGってどういうこと?
A:マニュアルどおりであっても、不適正と判断した場合、税務署が決めた評価になるためだよ
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【マニュアルどおりなのに追徴課税】
先日(4月19日)私たち税務に拘わる者にとって「これはかなり気を付けなければならないぞ」と考えさせられる判決が最高裁にてなされました。
その内容は「税務署のマニュアルどおりに計算したのに、当の税務署から多額の追徴課税がなされた」というモノです。
税務署のマニュアルどおりなのに「何故?」ってカンジです。
【税務署のマニュアルとは】
税務行政は、各種税法令に基づきなされますが、個々の事象において法令の規定だけでは判断に迷う場合があります。
そこで、当局は、税務署職員向けに「このような場合は、このように取り扱いしなさい」というモノを示しています。
これを通達と言い、法人税基本通達、所得税法基本通達など各種税法ごとに用意され、書店に行けば「通達集」というカタチで法令のような体裁で出版されています。
ネットでも検索することができます。
法規集張りに取り揃えられ、まるで法律のように思えてしまいますが、これは、当局が税務署職員向けに示しているモノであり、税務署内の単なるマニュアルに過ぎません。
しかしながら、税理士国家試験において出題され、税務現場においても税務署のマニュアルであるが故、我々税理士は常に念頭に置きながら税務判断をしなければなりません。
このようなことから、マニュアルといってもその実態は、税法と同じくらいの位置付けになっています。
【今回の事案をマニュアル通りに計算したら・・】
今回の事案は、相続税における財産評価が争われました。
相続税の財産評価においてもマニュアルがあり、その名を「財産評価基本通達」といいます。
その通達には
・土地については、(実勢価格よりも2割ほど低いと言われている)相続税路線価に基づき評価する。
・建物については、(建築価格の概ね5割程度であると言われている)固定資産税評価額に基づき評価する。
このようなことが記載されています。
更にこれを賃貸物件などとした場合は
・土地については2割程度
・建物についても3割
上記の評価から更に引下げる・・と記載されています。
今回、納税者は亡くなった父が生前中に取得した賃貸物件3つについて、この通達に従い相続財産の評価をして申告しました。
実務面では税法と同等の位置づけになっている通達により評価しているので、何の疑いもなく申告をしたのではないでしょうか・・
【マニュアル通りなのにNG】
ところが、税務署は「その評価額は低すぎるので、こっちで行った鑑定評価額にて評価する」と言いました。
これに対し納税者は「そっち(税務署)が定めたマニュアル(財産評価基本通達)により評価したのに何故そんな勝手なことを言うのだ」と反論しました。
すると、税務署は「納税者が通達によって評価しても、『その評価は適正ではない』と判断した場合は、こちら側で評価した額で評価できることが、通達(マニュアル)に示されている」と言いました。
「何だって!それじゃあ、そっちのマニュアルどおりに評価しても、税務署が気に入らなければそっちで好きなように出来る仕組みじゃないか!」
「一方で、他の多くの納税者は通達(マニュアル)どおり評価してもお咎めがないのに何故、自分らだけこのようなことを言われるのだ」
「これは不公平だ」と主張し、本件は裁判で争うことになりました。
【まるで後出しジャンケン】
●納税者:「そもそも、税務署が決めることが出来るって、どういうことだ」
●税理士:「実はこの通達の第1章の総則というところの6番目の項に『この通達の定めにより難い場合の評価』と題し次のようなことが定められています」
『この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の評価は、国税庁長官の指示を受けて評価する』
●税理士:「これは俗称『6項』とよばれるモノで、いくら通達に従って評価したとしても、税務署がその評価について『不相当』と認めた場合は、税務署の決めた評価になる・・ということで。」
●納税者:「そんな特権のような定めがあるのか・・・」
「それで、その不相当と認める具体的な基準とかルールとかは通達に記載されているのか(つまり、納税者側で『この評価は税務署側で不相当と判断する可能性がある』ことを具体的に予見できる基準やルールは公表されているのか)」
●税理士:「実は、それについては何処にも規定されていないのです」
●納税者:「それはズルい!通達(税務署のマニュアル)に従って評価したのに、そのマニュアルの当事者である税務署の勝手な判断でひっくり返されてしまうなんて、まるで後出しジャンケンじゃないか!」
●税理士:「後出しジャンケン・・確かにそうですね。こんなことが許されてしまえば、税務署の思うがままになりますね」「でも、今回はそれなりの理由があったようです」
【後出しジャンケンされた理由】
今回問題となった3つの物件は、下記のような特性がありました。
①相続が近いタイミングで立て続けに取得
亡くなる3年半前~亡くなる直前2ヶ月前(いずれも本人が90歳代(高齢)のとき)というタイミング(相続が近い段階)での取得。
特に最後の取得(直前2ヶ月前)は癌発覚後にて慌てて取得しているような状況であった。
②節税対策と明記
銀行借入れにて資金調達をしており、その銀行稟議に「相続税対策」と明記されていた。
③相続後すぐに売却してしまった
相続後僅か9ヶ月後(相続税の申告期限前)に早々に売却④桁外れの財産圧縮(相続税節税)
この3つの物件の土地建物について財産評価基本通達に基づく評価(税務署のマニュ
アルによる評価)を行い下記の財産圧縮をした結果、相続税額を0円にした。
・最初の物件:8.4億円を2億円に圧縮
・次の物件:5.5億円を1.3億円に圧縮
・最後の物件(癌発覚直後に取得):15億円を4.8億円に圧縮
確かにこれを見ると「単に相続税逃れをするために物件を取得したのかな」とお思いになる方も多いのでは・・
恐らく、税務署が後出しジャンケンをしたのは皆さんが感じたことと同様「行き過ぎた租税回避」と判断したためであると考えられます。
課税当局曰く「今回の事案で通達(マニュアル)による評価を認めたら、沢山のお金を銀行から借りることができる、ごく一部の資産家に大きな節税を与えることになり、
それこそ課税の公平が保てなくなる」
そして最高裁も同様の判断をしております。
【全否定された訳ではない・・ただまずかったこともある】
我々税理士は、日々相続対策の相談に応じ、その中で、資産家の方に対し節税対策として「賃貸物件の取得」を勧める場合があります。
この様な「勧め」に対し今回の判決は全面NGを突き付けたのか・・という懸念が生じます。
しかし、私(筆者)は、あえて「そんなことは無い」と言いたい。
ここから先は、私の勝手な私見(思うところ)を記載させて頂きます。
①節税対策はイケナイ行為か
誰だって(国税庁長官だって、税務署長だって)、自身が負担する税金はなるべく低くしたいと思うはず。だから「節税したい」というのは人として当たり前の気持ちであり、そのために合法的な範囲で節税対策をするのは、立派な経済行為である。
②相続税対策として賃貸物件の購入はNGか
数ある相続節税対策の中で、賃貸物件の取得はもっとも効果がある対策で、このこと自体は間違ったことではない。
③銀行が相続対策資金を融資することはNGか
借り手がその資金で経済的効果を得るために資金提供(貸付)するのは銀行の役割、よって「相続節税のための貸付」は決して間違った融資ではない。
このようなことから今回の判決は、賃貸物件による節税に対しNGを突き付けたとは(私は)思っていません。
ただ、今回の件が問題だったのは(まずかったのは)
①相続が近いタイミングで立て続けに物件を取得し過ぎたこと
②慌てて取得(つまり、不動産収支とか立地とか設備の良し悪しなど物件本質についての検討をせず、単に相続税節税ができれば良いと思わせるような取得)をしたこと
③相続後早々に売却したこと
④財産圧縮額や相続税節税額があまりにも大き過ぎたこと
ということだと思います。
(これでは、さすがに租税回避と判断されても仕方が無いと思います)
【気を付けること】
この判例を受け、今後、賃貸物件を用いた相続税節税をするためには、下記に留意する必要があると思います。
①相続税節税は、一定の時間をかけて計画的に実施する。
特に今回の判決では、これまでの常識では「このくらいのタイミングであれば問題は無い」とされていた相続開始前3年半前に行った節税対策についても追徴の対象になった。(筆者:「これには少々驚いた・・・」)
よって、一定の時間をかけて慎重に実施することは極めて重要である。
②賃貸物件の取得の判断は、評価引き下げによる節税対策だけで行うのではなく、立地、構造、収益性など賃貸物件そのものの本質を考慮して行いこと
③相続直後に売却するようなことはなるべく避けること。
この様なことをすると「物件の取得は節税だけが目的で、それさえ済めば用無し」ということを税務署側に印象つけさせることとなるのでむやみな売却は避けるべき。
このようなことに留意することで「賃貸物件の取得は、その主目的が不動産経営であり、相続税節税はついでの目的に過ぎない」という理論武装をし、税務署側に「不適正」という判断をさせる余地作らないということが極めて大事です。
相続税節税をお考えの方は是非これを念頭において検討願います。
(文責:社員税理士 小竹 勝)